体験談「子供4人が発達障害と不登校!その2」その後の進路と将来を教えます

体験談その1では、わが家の4人の子どもたち全員に発達障害があり、4人とも不登校を経験したことをお話ししました。

紆余曲折のすえ、ある日全員が学校に行って、猫たちと私だけになったときのことは今もよく覚えています。

その時の安堵感を思い出すと、やはり子どもがいつも家にいるということは、しんどいことだったのだと思います。

しかし、今だからこそ言えることですが、不登校はマイナスに見られがちですが実は良いこともいっぱいあると思っています。

今回は、不登校だった子どもたちのその後の進路や現在のようすと、当時を振りかえってみて「不登校でもこんな良いことがあった」と思える点をご紹介します。

<この記事を書いた人>

4人の発達障害の子育ての経験から現在は全国で講演を行う 発達障害ハッピーサポート代表 堀内祐子先生

発達障害&不登校の娘:小学校高学年の頃

私は娘が小学校5年生のときにこんな質問をしました。

「いじめられていなかったら、学校に行っていたのかな?」

娘は、

「私はいつも全力疾走だったの。足を出されたから、バッタリ倒れちゃったけど、もし足を出されなくても、いつか力尽きて倒れていたと思う」

と言いました。

女の子の足

その数年後、娘は自分から医者に連れて行ってほしいと言い、結果、「アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム症)」と診断されました。

今思い返してみると、娘は自分の状態や生きづらさを自分でよく分かっていたのだと思います。

発達障害&不登校の娘:中学生時代と高校受験

中学生のときはたまに相談学級に行く以外は、ほとんど昼夜逆転してパソコンばかりしていました。

この時期、NPO法人「東京シューレ」に登録。

東京シューレは、フリースクールや在宅学習の支援などを行う団体です。

イベントなどにはあまり参加できませんでしたが、東京シューレから送られてくる冊子を読むと、同じ立場のお子さんや保護者の声を知ることができ、娘の支えだったようです。

今は不登校の子どもの居場所はたくさんあると思いますが、その当時は少なく、東京シューレの存在はありがたかったです。

そんな状態でしたが、娘は定時制高校に行きたいと言って受験しました。

発達障害&不登校の娘:高校生時代

定時制高校に無事入学が決まると同時に娘はアルバイトを始め、1年間、学業と両立させていました。

娘がそこまでできるようになるとは想像すらしていなかった私は、正直驚きました。

不登校の間、娘は、家でゆっくり休んで充電していたのだと思います。

しかし、2年生に進級ができると分かった日、娘はすっかり満足したのか、学校をやめてアルバイトに専念すると宣言し、アルバイト生活をスタートさせました。

不登校の時に利用した制度や施設・団体

  • スクールカウンセラー
  • 教育相談所
  • 相談学級
  • 東京シューレ

中学生時代、スクールカウンセラーや教育相談所を利用しましたが、娘本人は、早い時期に「私はもういいや」と言って行くのをやめました。

娘が行かなくなった後も、私はスクールカウンセラーや教育相談所の相談員の方のお世話になりました。

お二人とも、私の話をじっくり聞いて下さり、必要な情報を下さったので、とても助かりました。

また、娘は中学校時代には「相談学級」にも通っていました。

「相談学級」とは、不登校の生徒向けに生活面や進路など学習以外のサポートをしてくれるもので、在籍する中学校内や外部のフリースクール内に設置されています。

本人の状況に合わせてマイペースで通うことができ、「相談学級」でのサポートを受けて娘は定時制高校へ進学することができました。

不登校でも社会性は育つ?大人になった今の姿を見て

娘が不登校のあいだ、周囲の人からは何度も「毎日家にいて社会性は育つのか?」と問われました。

私は返答に困りましたが、その時は「今は家で育つ娘を応援して行くだけだ」と思っていました。

しかし、高校時代はアルバイトもしっかりこなし、すっかり大人になった今、私と一緒に作業をしている時の娘の評価はビックリするほど高く、誰からも褒められます。

親ばかも手伝っていますが、人の痛みが分かるステキな大人に成長したなぁと思います。

4人の子供、それぞれの不登校の原因と成長後の姿

娘の不登校はいじめがきっかけでしたが、長男は「めんどくせー」と言って学校にはあまり行きませんでした。

その他にも、

  • 疲れてしまう
  • 勉強がおもしろくない
  • 部活のつまづき
  • 先生との摩擦……

色々な理由でわが家の子どもたちは学校をよく休んだり、長期間行きませんでした。

「そんなわがままを許しておいて将来どうなるのか?」と言われそうですが、大人になった彼らは、それぞれ自分の道を自分の意志でしっかり歩いています。

学校はあくまでも通過点なのだと思います。

長い長い通過点ですが、その先に目を向けたとき、色々な選択肢があることに気付きます。

発達障害&不登校…子供たち4人の成長後

いま、わが家の子どもたちは全員、成人しました。

結婚し、子どもを持ち、幸せな家庭を築いている子もいます。

娘の不登校が始まったばかりの頃は先が真っ暗で何も見えない状態でした。

そんな時に長男の担任の先生からお電話を頂きました。

「娘さんのことを聞きました。

お母さん、焦らないでね。大丈夫だから、大丈夫だから……」

私はこのお電話を頂いた後、さんざん泣きました。

先生の優しさが胸にしみました。

 

泣き終わった後、少しの光が見えました。

小さな小さな光です。

 

「大丈夫、大丈夫、きっと大丈夫」

あの日から17年。

娘はほんとに、大丈夫でした。

苦しさや辛さを肥やしにして、幸せで、立派なおとなになりました。

 

子供の発達障害と不登校を振り返って…こんなメリットもあった

不登校は苦しい面もありますが、振り返ってみると悪いことばかりではなく、次のようなメリットもありました。

学習方法や学びたい内容を自分で選べる

娘は一時期、家庭教師さんに来てもらっていましたが、私は娘にちょっと変わった提案をしました。

「先生から国語や算数を教えてもらうのではなく、あなたが自分で先生に教えてもらいたいことをリクエストしたり、先生と一緒に好きなことをしてね。何をするかはあなたが考えてね」

娘の目は輝きました。

学校に行っていればカリキュラムが決まっていますが、娘は毎日家にいます。

「今日は何をしようかな?」と自分で考えて、毎日色々なことをしていました。

ゆっくり考えたり、自分の好きなことをじっくりできることは不登校の利点の一つだと思います。

少年

自分の好きなことに打ち込める

子どもたちは4人それぞれ学校に行かないかわりに、自分の好きなことを思いきりする時間がありました。その中で身に付けたものがたくさんあります。

「自分の頭でじっくり考える習慣」は、そのときに身に付けたもののひとつだと思いますが、それは社会の中で生きて行くために大いに役立っているようです。

発達障害・不登校の子どもに親ができること

発達障害の子は疲れやすかったり、集団の中で居心地が悪かったりすることも多く、そういう意味では、学校生活はしんどかったのでしょう。

それを無理やり学校に戻そうとすると、彼等は苦しい思いをするでしょう。

親も義務教育のうちは特に肩身の狭い思いをすることもありますが、

私は「親が守ってやらなくて誰が守ってやるのか?」と思うのです。

悪戦苦闘をしましたが、最終的に娘の好きなようにしてあげられて良かったと思います。

 

そんな娘を見守りながら、私自身も自分の弱さと対峙しました。

その中での気付きや学びはかけがえのないものになっています。

親が子どもにできることは、

  • 理解すること
  • 忍耐すること
  • 愛すること
  • 信じること
  • 見守ること

 

そして、どんなときでも

  • 楽しむこと
  • 喜ぶこと
  • 幸せでいること・・・

4人の不登校を経験し、私が学んだことです。

この記事が、いまお子さんの不登校に悩むママたちの光になることを願います。

子供の不登校に悩む親御さんへ、おすすめの本

私が当時大きな影響を受け、心が軽くなった本です。

 

〜著書〜

 

 

 

堀内祐子
発達障害をもつ4人の子供の母親。2005年より星槎大学で発達障害について学ぶ。2006年より全国で、発達障害、不登校、子育てに関する講演を行う。自閉症スペクトラム支援士、特別支援士、傾聴心理士。

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